栃木県誌によると「所在は作原で、小日向山にあり、蓬山城の出城であったという。遺構は見られないが、井戸跡がある。」とのことで、詳細は不明。
本当に、この尾根に井戸があったのでしょうか ???
その後、尾根をつたって 岳ノ山から 大鳥屋山を縦走し、下作原の岩獄神社へ降りてきました。
1 スタート(標高195m)⇒ 2 小日向砦跡(標高450m) ⇒ 3 岳ノ山(標高704m) ⇒ 4 案内看板⇒ 5 大鳥屋山(標高693m)⇒ 6 青木建材からの眺望(標高370m) ⇒ 7 ゴール(標高190m)
栃木県誌によると「所在は作原で、小日向山にあり、蓬山城の出城であったという。遺構は見られないが、井戸跡がある。」とのことで、詳細は不明。
その後、尾根をつたって 岳ノ山から 大鳥屋山を縦走し、下作原の岩獄神社へ降りてきました。
1 スタート(標高195m)⇒ 2 小日向砦跡(標高450m) ⇒ 3 岳ノ山(標高704m) ⇒ 4 案内看板⇒ 5 大鳥屋山(標高693m)⇒ 6 青木建材からの眺望(標高370m) ⇒ 7 ゴール(標高190m)
主催者のあそ野学園校長先生をはじめ、各先生の方々は入念に準備されてきただけに、やむを得ませんが、お気持ちを思いはかるばかりです。宇都宮では初雪とのこと。
生徒たちも楽しみにしていたのになあ、残念!!
それでも、町会などの紹介コーナーは実施されました。
主 催---佐野市及び社会福祉協議会参集者---町会役員、民生委員・児童委員、PTA関係者など
・様々な共同体の弱体化・高齢化と相まって、各地区の役員の担い手が不足・孤立、8050問題、災害対応、荒れ地の増加、獣害など
石斧で巨大丸木船を参加者と一緒に製作しながら全国のキュンプ場を巡る1年かけての行脚。
7月初旬に北海道を出発し、順次、南下して群馬県から10番目栃木県野上リバーサイドキャンプ場に、次は茨城県へ、最後は47番目の沖縄県にて丸木船完成で進水式かな?
これをドキュメント映画として制作中とのことでカメラマンも同行していました。
お 盆 で す ね 。
お盆(おぼん)の正式名称は、盂蘭盆会(うらぼんえ)または盂蘭盆(うらぼん)と言われ、 日本で夏季に行われる祖先の霊を祀る一連の行事とのこと。
日本古来の祖霊信仰と仏教 が融合した行事で、かつては太陰暦の7月15日を中心とした期間に行われていた。
明治期の太陽暦(新暦)の採用後、新暦8月15日をお盆(月遅れ盆)とする地域が多くなった 。
田舎(野上)では8月13日から16日が一般的です。
お盆になると、祭壇などの棚(盆棚)を使ったお盆飾りをすることが一般的で、先祖様をお迎えする場所となります。盆棚に仏壇から出してきたお位牌を並べるので、ご先祖様はそこに滞在するとされており、お供え物や提灯などを並べてもてなします。
神道のお盆は仏壇ではなく、神棚があったり、先祖を祀るのが仏壇ではなく祖霊舎だったりという違いがありますが、仏教においても神道においても、ご先祖様が自宅に戻り、再びあの世に帰るまで滞在するとのこと。
BBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBB
7月31日(日)午前5時から 農薬の空中散布が実施されました。
長谷場では、申込者は30件以上で、散布水田面積は約11ヘクタールとのこと。
長谷場公民館に集合し、上長谷場、下長谷場、大久保、駒藤、黒田、森、柚ノ木、炭屋の順で散布。
8:30頃には無事終了し、白岩地区へ引継ぎ。
まとめ役の農区長さん、ヘリの操縦者、JA職員、各地区の散布協力員の皆様、朝早くから、大変ご苦労様でした。
ヘリ操縦者の方は、翌日に長野へ、その次の日は新潟とのこと。この時期は、大変忙しそうでした。
空 中 散 布 の 様 子
YouTubeの▽をふれてください。
田も狭く、電線や木など障害物が多い。思った所に真っすぐ飛ばすのが、けっこう難しいのです。その合間に農薬散布のスイッチ、ウカウカしていると燃料も薬剤も終わってしまう、神経使うなあ。
腕の見せ所ですね。
RRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR
ちなみに、私のオモチャみたいなドローンも国(航空局)から、ようやく飛行許可がおりました。これで正式に空撮ができます。
さて、どこを撮ろうかな???
今回は、蓬莱トンネル手前の林道作原沢入線沿線治山工事のお話。
2019年4月の降雨により蓬莱トンネル手前の山林が大規模に崩落し、林道が通行不能となり、早や3年となりました。
林道は佐野市管轄ですが、山林の復旧は栃木県が治山工事で行います。
治山工事が終わるまでは、いつまた崩落するかわかりませんので林道は通行止めです
栃木県では昨年度より工事を開始し、ようやく崩れる斜面の土砂の撤去が終わったもようです。
今後はようやくモルタル吹付等の工事となりますが、高低差が約150m以上、傾斜40度の類例が少ない特殊な超難工事とのこと。
工事費も相当なものになるでしょう。そして、うまく完了することを願うのみです。
今年度の冬までには完了し、おそらく来年の春には「熊鷹山のやしおつつじ」が見られることでしょう。
来年が楽しみだなあ。そして、ようやく群馬へ最短で行けます。
SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS
6月12日(日) 9時から野上を考える会では、ヒマワリの種まきを実施しました。
今年で2回目、昨年の種をまきました。今年は、肥料も入れ、一列ずつの筋まきです。
しかし、8割ほど蒔いたところで、ゲリラ豪雨のため、途中で解散。
残 念。
もう少しだったのに。
さて、あとはどうするかな?って。
久々にドローン空撮映像です。
さて、どこでしょうか?
長谷場ではありません。
YouTubeの▽に触れてください。
チェックイン 12:30
ディキャンプ 1,100円
チェックイン 10:00
詳細はホームページをご覧ください。
下記のアドレスに触れてね。
今回は、長谷場北部の 炭屋の火の玉神社 のお話。
例年4月の第4日曜日に、地元では「火の玉神社(皇大神宮)」のお祭りをしています。
朱色の鳥居を新設し、社も綺麗にして、けっこう目立ちます。
火の玉神社の由来
明治の終り頃、全国各地で神社の「合祀 」(神社の整理)が行われていました。当然、反対運動もあったとも。
炭屋では神社を東の山に移したところ、それを嫌ってか、西の山に数日にわたり、火の玉が出て、それを見ようと見物客が集まり、あげくには 山に鉄砲を撃ち、出店までも。
そこで、現在の西の山に移したところ、治まった とのことです。
このような話を元に、旧田沼町では「炭屋の火の玉」という マンガ が作られたりもしました。
これとは別に、今から10年以上前ですが、地元の K.S さんが11月頃の夕方、外に出ると直径 30cm ほどの 火の玉が、南から 青白い ノロ を引いて、電線の高さ くらいで、田の上をゆっくりと 北上 して行く。恐る恐る眺めていたら、北の山に す~と消えていった。
そして、もう一人の K.O さんは、南から ドンドン 火の玉が近づいてくるので、家に入ってしまった。
翌日、K.S さんと K.O さんはその話になり、昨夜 、 二人は 同じ火の玉を見たのだ ! ! と分かった と聞いております。
熱い夏ではなく、11月頃 です。
しかし、このお二人は残念ながら、既にお亡くなりになっておられます。
これらが真実であるか、否かは わかりません。???
写真も 公式記録もない、口伝えの 民間伝承 です。
因みに、この神社周辺には、セツブンソウ や カタクリも群生しております。
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本当 か なあ~~ ? ? ?
火の玉 神社 の 空撮
Youtubeの▽をタップしてね。
さて、さて ???
火の玉 は見たくないけど
UFO は見たいですかあ ????